心の不調は、心臓にも影響する? 精神疾患と心臓病の意外に深い関係
心筋梗塞の患者さんにうつ病などが多いことは昔から言われていました。
循環器の医師として、昔から心の病の勉強も必要でした。
「ストレスで胸が苦しくなった」
「気分が落ち込んでから、動悸が増えた気がする」
このような経験をしたことはありませんか?
心の病気と心臓病は、一見するとまったく別のものに思えます。しかし近年の研究では、うつ病や不安障害、心的外傷後ストレス障害(PTSD)、睡眠障害などが、心筋梗塞や狭心症などの心血管疾患と深く関係していることが分かってきました。
心の状態は、気持ちだけの問題ではありません。自律神経やホルモン、血圧、炎症、生活習慣などを通して、実際に心臓や血管にも影響を与えるのです。
精神疾患があると、心筋梗塞のリスクが高くなる?
2,200万人以上を対象とした大規模な研究では、精神疾患がある人は、心筋梗塞や不安定狭心症などの「急性冠症候群」を起こすリスクが高いことが報告されています。
主な精神疾患との関連は、次のとおりです。
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PTSD:約2.7倍
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不安障害:約1.6倍
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睡眠障害:約1.6倍
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うつ病:約1.4倍
また、うつ病がある人では、心筋梗塞や冠動脈疾患だけでなく、脳卒中のリスクも高くなる傾向があります。不安障害についても、心血管死亡、心不全、脳卒中などとの関連が指摘されています。
ただし、これは「精神疾患があれば必ず心臓病になる」という意味ではありません。喫煙、運動不足、睡眠不足、服薬状況、糖尿病や高血圧など、さまざまな要因が重なっている可能性があります。
大切なのは、心の不調がある人では、心臓や血管の健康にも注意を向ける必要があるということです。
なぜ心の不調が心臓に影響するのでしょうか?
精神的なストレスが続くと、身体の中ではさまざまな変化が起こります。
1.自律神経が乱れる
強い不安や緊張が続くと、交感神経が優位になり、心拍数や血圧が上がりやすくなります。
動悸、血圧上昇、睡眠の質の低下などが続くと、心臓に負担がかかります。また、心拍の細かな変化を調整する力が低下し、不整脈が起こりやすくなる可能性もあります。
2.ストレスホルモンが増える
強いストレスを感じると、コルチゾールやカテコールアミンなどのホルモンが分泌されます。
これらは一時的には身体を守るために必要ですが、長期間にわたって過剰な状態が続くと、血圧や血糖が上がり、心臓や血管への負担が大きくなります。
3.血液が固まりやすくなる
精神的なストレスによって、血小板の働きや血液の凝固機能が活発になることがあります。
血液が固まりやすくなると、動脈硬化の部分に血栓ができ、心筋梗塞や脳梗塞を起こす危険性が高まります。
4.炎症や動脈硬化が進みやすくなる
慢性的なストレスやうつ状態は、身体の炎症反応や免疫機能にも影響します。
炎症が長期間続くと、血管の内側が傷つきやすくなり、動脈硬化が進行する可能性があります。
生活習慣を通した影響もあります
心の不調が強いと、健康的な生活を続けること自体が難しくなる場合があります。
例えば、次のような変化です。
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外出や運動をしなくなる
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食事が偏る
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喫煙や飲酒が増える
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夜眠れず、生活リズムが乱れる
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通院や検査を中断する
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薬を飲み忘れる
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病気を管理する意欲が低下する
その結果、高血圧、糖尿病、脂質異常症、肥満などが悪化し、心臓病のリスクがさらに高くなることがあります。
精神疾患があると、心臓病の治療にも影響する?
精神疾患は、心臓病を発症するリスクだけでなく、心臓病になった後の治療にも影響します。
特に問題になりやすいのが、薬の飲み忘れや自己中断、心臓リハビリテーションへの参加の難しさです。
うつ状態では薬を続けることが難しくなる
急性冠症候群の患者さんを対象とした研究では、うつ症状が強いほど、薬を決められたとおりに飲めない人が多くなる傾向がみられました。
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うつ症状がない人:約15%が服薬を守れなかった
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軽度のうつ症状がある人:約29%
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中等度から重度のうつ症状がある人:約37%
しかも、研究で使用された薬は、1日1回のアスピリンという比較的シンプルな治療でした。
うつ状態になると、「薬を飲まなくてはいけない」と理解していても、実際に行動することが難しくなります。
これは本人の性格や意思の弱さではありません。意欲や集中力、記憶力が低下するという、うつ病の症状が関係しています。
一方で、うつ症状が改善すると、服薬状況も改善することが報告されています。つまり、心の治療を行うことは、心臓病の治療を続けるうえでも重要なのです。
心臓リハビリに参加しにくくなることも
心臓リハビリテーションは、運動療法、食事指導、服薬支援、生活習慣の改善、心理的なサポートなどを組み合わせた治療です。
心筋梗塞や心不全などの患者さんでは、再入院や死亡のリスクを減らし、生活の質を改善する効果が期待されています。
しかし、うつ病があると、
「外出する気力がない」
「運動するのが怖い」
「人と会いたくない」
「通院を続ける自信がない」
といった理由から、心臓リハビリを開始できなかったり、途中で中断したりすることがあります。
一方、うつ病を伴う急性冠症候群の患者さんでも、心臓リハビリを完遂した人では、死亡率やうつ症状の大幅な改善が報告されています。
最初から完璧に取り組む必要はありません。体調や気分に合わせて、短時間の運動や電話による支援など、続けやすい方法を考えることが大切です。
適切な心臓治療を受けにくい場合がある
統合失調症や双極性障害などの重度精神疾患がある人では、一般の人と比べて、心血管リスクの評価や治療が十分に行われにくいことが指摘されています。
例えば、
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血圧、血糖、コレステロールの検査を受ける機会が少ない
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高血圧や糖尿病が見つかっても治療開始が遅れる
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心筋梗塞後に必要な心臓の薬を処方されにくい
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カテーテル治療やバイパス手術を受ける割合が低い
といった治療格差が報告されています。
精神症状によって身体の訴えを伝えにくかったり、胸痛や息切れが精神的なものと判断されてしまったりすることもあります。
精神疾患がある人でも、胸痛、冷や汗、息苦しさ、突然の動悸などがある場合は、心臓病の可能性を十分に確認する必要があります。
精神科の薬は心臓に悪いの?
精神科の薬の中には、体重、血糖、脂質、血圧、脈拍、心電図などに影響を与えるものがあります。
ただし、精神科の薬は危険だから飲まない方がよい、ということではありません。
精神症状を治療せずに放置すること自体が、生活習慣の悪化や服薬中断、強いストレスにつながり、心臓に悪影響を及ぼす場合があります。
重要なのは、それぞれの薬の特徴を理解し、心臓の状態に合わせて選択・調整することです。
抗うつ薬
SSRI
SSRIは、心臓病を合併したうつ病や不安障害に使用されることが多い薬です。三環系抗うつ薬と比べると、一般的に心血管への影響が少ないと考えられています。
ただし、種類や投与量によっては心電図のQT時間を延長させることがあります。ほかにQT時間を延長させる薬を使用している場合や、電解質異常、不整脈がある場合には注意が必要です。
三環系抗うつ薬
三環系抗うつ薬は、起立性低血圧、頻脈、不整脈などを起こす可能性があります。
心臓病のある患者さんでは、症状や心電図を確認しながら慎重に使用します。
SNRI
SNRIは、特に投与量が多い場合に、血圧や脈拍が上がることがあります。高血圧や頻脈がある人では定期的な確認が必要です。
抗精神病薬
一部の抗精神病薬では、体重増加、血糖上昇、脂質異常症、血圧上昇などが起こりやすくなります。
特にクロザピンやオランザピンでは、体重増加や代謝への影響に注意が必要とされています。
また、抗精神病薬によっては、QT時間の延長、起立性低血圧、不整脈などが起こる可能性があります。
そのため、薬の種類や患者さんの状態に応じて、
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体重や腹囲
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血圧
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血糖値やHbA1c
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コレステロールや中性脂肪
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心電図
などを定期的に確認します。
薬を急に中止すると精神症状が悪化する危険があります。気になる副作用があっても、自己判断で中止せず、処方した医師に相談してください。
心臓病患者さんの「心のケア」も治療の一部です
心筋梗塞や心不全を経験すると、多くの人が強い不安を感じます。
「また発作が起きるのではないか」
「運動すると心臓が止まるのではないか」
「家族に迷惑をかけるのではないか」
こうした気持ちは、決して珍しいものではありません。
しかし、不安や落ち込みが長く続くと、薬を飲むことや通院、運動、食事療法を続けることが難しくなります。
近年の心臓病のガイドラインでも、慢性冠動脈疾患の患者さんに対して、うつ病や不安などの心の状態を確認し、必要に応じて治療や専門医への紹介を行うことが推奨されています。
治療には、薬だけでなく、認知行動療法、カウンセリング、運動療法、心臓リハビリテーションなどがあります。
治療を続けやすくするための工夫
心の不調がある場合には、「正しく指導する」だけでは十分ではありません。無理なく続けられる仕組みを作ることが重要です。
例えば、
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薬をできるだけ1日1回にまとめる
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薬の種類を整理する
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お薬カレンダーやピルケースを使う
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スマートフォンの通知を利用する
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家族にも薬の内容を共有する
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短時間の運動から始める
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通院の間隔や時間帯を調整する
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心臓の主治医と精神科の主治医が情報を共有する
といった方法があります。
「できていないこと」を責めるよりも、「どうすれば続けやすくなるか」を一緒に考えることが大切です。
このような場合は医師に相談してください
次のような状態が2週間以上続く場合は、かかりつけ医や精神科・心療内科への相談を考えましょう。
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気分が落ち込む
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何をしても楽しくない
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不安や緊張が強い
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夜眠れない、または眠り過ぎる
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食欲が大きく変化した
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集中できない
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薬を飲むことや通院が難しくなった
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心臓病のことが心配で外出や運動ができない
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自分には価値がないと感じる
また、胸を締め付ける痛み、強い息苦しさ、冷や汗、失神、突然の激しい動悸などがある場合は、精神的な症状と決めつけず、速やかに医療機関へ相談してください。
まとめ
心の健康と心臓の健康は、別々のものではありません。
うつ病、不安障害、PTSD、睡眠障害などは、自律神経やストレスホルモン、炎症、血液の固まりやすさ、生活習慣などを通して、心臓病のリスクに影響します。
また、心の不調があると、薬の服用や通院、心臓リハビリテーションを続けることが難しくなり、心臓病の治療にも影響する場合があります。
だからこそ、心臓病を治療するときには、血圧やコレステロールだけでなく、眠れているか、不安が強くないか、気持ちが落ち込んでいないかにも目を向けることが大切です。
「気持ちの問題だから」と我慢する必要はありません。
心の不調を早めに相談し、適切に治療することは、毎日の生活を楽にするだけでなく、心臓を守ることにもつながります。
